繰り返す緊急事態宣言にはずいぶん慣れてしまったが、つまりは終わりの見えない混乱がまだ暫くは続くということだろう。
ただ、それにしても直近三作品のリリースのタイミングが全て宣言下ということには驚かされる(苦笑)。
一度目の宣言時、特に緊張感が漂う中ではあったが元々大して出歩かない私にとってはそこまで我慢を強いられた記憶はなくて、製作に気が乗らなかったのは確かだが、寧ろゆっくり出来る時間が有り難った。
ある時、たまには外の空気を吸おうと近所を散歩していると一軒の家具屋の前を通りかかった、何の気無しに覗いてみると宣言下でガラガラの店内ではあったが所狭しとビンテージ家具が並んでいて、そのデザインの面白さや雰囲気、値段に圧倒されながらも(笑)、店内をウロウロしていると一脚の椅子に目が留まり、その佇まいに惹かれた。
じっと眺めていると店主が話しかけてくれたが、"ちょっと私には手が出るような値段ではなくて冷やかしのようですみません、佇まいがとても素敵で見入ってしまいました"と正直に伝えると、"ちょっと待ってください"と奥から一脚の椅子を出してきてくれた。
埃まみれではあったが、先程と同じ椅子の色違い、一部ひび割れもありガタガタの状態ではあったが値段も初めに見たものの半分以下でいいと言う、何故だかその椅子が妙に気に入ってしまい"ヘソクリ"をはたいて持ち帰った。
不器用ながらもどうにかリペアを施し、現在も作業部屋に鎮座するその椅子からインスピレーションを受けて塗ったのが"NBH"、そして今回リリースする新作プラグの名前もその椅子からいただいた。
"fanett"
響きがプラグの雰囲気に合っていると思ったことと、"fan(扇風機)"とオリジナルプロップが回る様がリンクしたことも名付けの要因だ。
スペル違いだが操る楽しさ"fun"にもかけている、そう、このプラグは兎に角、操ることを楽しんで欲しいと思い製作した。
スタンダードなリアシングルは"鬼門"と聞いたことがある、いわゆる不人気カテゴリーだ。
しかし、その潔いシルエット、ペンシルベイトのようにシンプルで操作する楽しさがあり、リアプロップによるアピールもあってキャスタビリティも良い、無限の可能性を秘めたリアシングルスイッシャーをどうしてもラインナップに加えたいとの思いから開発に着手した。
初めに作ったのは腹に二つのフックを配置したデザインのプロト、いきなり"まずまず"のアクションで以外に早くカタチになるかと思ったのだが使うたびに少しの"違和感"を感じていて、ある時、その違和感の正体は"やはりリアシングルはテールにフックを配したい"ということだと気付いた。
王道の魚雷型の同心円、ベリーとテールにフック。
カタチありきで設計するのは初めてのことで理想のアクションを出すのには本当に苦労した、いわば"見慣れたシルエット"、その中で如何に自己表現出来るか。
見た目の雰囲気以外にもテールフックにしたのには幾つか理由があるが、その中でも"naima"で体感したフッキングの良さは一番の要因かもしれない、昨今のスレきったフィールドで貴重なバイトをモノに出来る確率が少しでも上がるなら…そんな安心感が投げ続けても飽きない、面白味もあっていざと言う時は頼りになるような"信頼できるプラグ"へと変わっていくんじゃないかと思う。
そして見慣れたシルエットの中で起こり得るストレスを出来るだけ回避することを目指した。
例えばボディの回転による糸ヨレを極力抑えたくて球状のウエイトを一つ一つ叩いて平型にしてから仕込み低重心化を図ったり、オリジナルプロップは厚みのある高硬度のステンレス材を選定し強度を出した、その分加工が大変だったり苦労も増えたがバランスのよいプロップに仕上がったと思う。
リクエストもあり今回は初めて、少量ではあるがパーツだけの販売も行うことにした、長く使ってもらう為のフォローも可能な限り応えられればと思う。
最後に一つ、ちょっとしたエピソードを。
先日、取引先である"boaster"の代表の堀田さんに"fanett"を見ていただく機会があったのだが、開口一番、リアのカップワッシャーについて助言をいただいたのには本当に驚いた、なぜ驚いたかというと最後の最後まで浅いカップか深いカップかで悩み抜いていたからだ。
浅いカップだとフックの稼働域が広いので背中側にフックが掛かってしまうことがあるのだが、"fanett"の場合は浅いカップのプロトで繊細なバランスが取れていて、フック絡みも問題なく使えていたので、その組み合わせでリリースしようと考えていた。
そんな中、堀田さんとの話しの中でフック交換した場合のフック絡みのリスクを見落としていたことに気付かされた、傷んだら別のフックに付け替えることは当たり前に考えられることで、そうなるとフックにより稼働域は当然異なる。
自身が使用しているフック基準でしか考えていなくて、たった一つの小さなカップワッシャーでも様々な視点から考えなければならないんだなと、当たり前と言えばそれまでだが、そんなアドバイスのお陰でアクションも妨げずフック絡みも安心出来るパーツ選びが出来、ようやく完成した"fanett"…本当に沢山の人の支えの上で成り立っているプラグ作りだ。
開発期間が長かったこともあり、プロトの時から色々なところに連れて行った。
山奥の野池、大規模河川、琵琶湖、霞ヶ浦、東北の流入河川、房総のダム湖…思い返せば切りがないが、その他のプラグも含めて常に現場至上主義でプラグ作りをしているつもりだ。
お陰で"fanett"とのシンクロ率もかなり上がったがリリースが終わればまた別のプロトとの旅が始まることになる。
ちなみに開発中にメインで使用したタックルはSlow&Steady"L56"もしくは"L6"に14〜16lbのナイロンライン+スナップという組み合わせが主だ、もちろんカーボンロッドにPEラインを使えばなおイージーに動く、ただその場合はPE直結ではなく、ナイロンリーダーを付けた方がストレスなく楽しめると思う。
約束通り、どうにか秋のハイシーズンに間に合わせた、手にして下さった皆さまに於いては、どうか色々なフィールドに連れ出して共に思い出を作ってもらいたい、今、こうしてリリースを迎え思うのは、愛情込めて作り上げたプラグに対しての、そんな親心だ。